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夏蚕なつごで下葉からもぎとられて行つた桑は、今頭の方だけに汚ならしい葉をのこして、全体に透きながら間の抜けた形で風にゆらいでいた。その間を房一の乗つた真新しい自転車のハンドルがきらきら日に光つた。
盛子は上から見、下から見しながら、
「だいぶ、様子が変りましたな」
我々はそれから「き」の字橋まで口をきかずに歩いて行ゆきました。……
それから、彼は薬を塗りたくられ、繃帯をまかれた両手をちよいちよい眺めながら、片足を一方の膝にのつけた坐り方をしたまゝ、いくらか吃どもるやうに、簡単な手短かな話振りで、身の上話らしいものをちつとも身の上話らしくない調子で洩した。息子もさうだつたが、彼の妻も病身で不自由な工事場のバラック住ひが「出けん」もんだから、ずつと神戸在の田舎に置いてある。(さうすると、本妻と妾と二人住まはせているといふ見て来たやうな噂はあてにならないなと、房一は思つた)「わしはこんな荒い人間ぢやから」、バラック住ひも似合ひのところであるが、さすがに息子に死なれてからは、あれの云うとつたとほり「かういふ暮しもあんまりえゝもんぢやないわい」と思ふやうになつた。身のまはりの不自由は何ともないが、年中他国を歩いているので、若いうちはそれも面白かつたが、最近は浮き草のやうなたよりない気がして来た。それで、かうやつて歩いているうちに、どこか人情のいゝ土地でも見つかつたら住みついてもいゝと思つている。さういふことを一わたり話し終ると、彼はいたつて愛想のないその隈取りのやうな皺の表情をちつとも変へずに立上つて、立上るや否やその身体つきには何か強したゝかなごついものが現れ、稍前屈みに、それと共に前方を見据ゑるやうな恰好になつて帰つて行つた。
これはちっとも可笑おかしくない!彼ら二人は実にいい夫婦なのである。
と、何か威勢よく云ひかけたときだつた。小谷は急に聞耳をたてた。小谷ばかりではない、房一も――半鐘が鳴つていた。たしかに!それは、はじめ三連打を二度ほど、ちよつと途切れ、次には聞えにくいほど鳴り、そして急に勢よくつゞけさまに鳴り出した。ちやうど、それは焔の燃える様子と緩急を合せたやうに、まざまざと目に見せるやうに響いた。
向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。
その二つとも何か危険さを伴つていただけに、妊婦である盛子への影響を恐れたのだらうか。それもたしかに、あることはあつた。盛子は、鬼倉との時もさうだつたが、消防事件の時も、後で聞いて並々でない神経性な不安を現した。
もう一度小学校の校庭まで辿り着いた時には、衣裳がくたくたになつたのと疲労し切つたのとで、行列をつくつて歩いている間に自然と現れていた共通の類似、あの正面を切つたまじめさが消え失せ、代りに日頃のそれぞれな持前が、尖つた顎だの鹿爪らしい顔つきだのいふものが今や歴然と姿を現した。まだ解散にならぬ前から気早やに冠をかなぐり取つた者もいたし、衣裳をぬぎにかゝつた者さへあつた。
最後に行つた家は河上の小一里るある辺で、そこいらは人家は数へるほどしかなく、河つ縁ぷちに沿つた段々畑の中を幅の広い国道だけがほの白く浮いて、次第下りに河原町の方へつゞいていた。軽くペタルを踏むだけで、彼の乗つた自転車は半ばひとりでに快い同じ速度で走つた。
と、房一は小谷に向つて訊いた。
「途中から――?」